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頭が酷く痛む。しゃがみ込んだタイルの地面が揺れている。やっと息が出来る様になった事に気がついてぜえぜえと音をたてて勢いよく息を吸い込んだら、欲張ったためか思わず咳き込んだ。
するとそれに誘発されて、治まったと思った波がもう一度やって来る。こらえようとしたけれど、喉がやける様な感覚に自然と涙目になりつつ諦めて胃液を吐き出した。

「う……」
「そんなに飲んでいた様には見えなかったが……」

シャツ越しに温かい、むしろ熱すぎる程の手が背中をさするのを感じて、呻き声で返事をする。
グラハムのもう片方の手は頭が痛いと解いた僕の髪が汚れない様にと降りてくる毛の束を軽く押さえつけていた。背中の手のひらの代わりにタオルを横から差し出されて、お礼を言おうとしたけれど結局口から息を漏らしただけでそれを黙って受け取った。便器の下にしゃがみ込んでいる自分の姿が滑稽で仕方がない。立ち退くつもりのなさそうな倦怠感と今にも吐き戻しそうな感覚に項垂れながら後ろのグラハムに振り向けば、歪んだ僕の表情とは裏腹に彼はほんのりと上気した顔で、穏やかに微笑んでいた。
こう言ってしまうのは介抱してくれているグラハムに悪いかもしれないけれど、思わずうっすらと眉間に皺が寄ってしまうのは仕方がないことだろう。どろどろで酒臭い男に訝しげに見つめられたグラハムは、どこか曖昧に微笑んで、ベッドの中でよりも甘ったるい口調で僕の名前を呼んだ。
「カタギリ……」
「…………何だい」
「私は、幸せだよ」

その言葉を聞いて眉間の皺が深くなったのは言うまでもない。何が楽しくて嘔吐する男を見ながら幸せだなんて言えるんだ!
心の中ではそう言っても、実際に声を荒げる元気はなかった。きつく眉を寄せながら自分を睨みつける視線に、グラハムはそんな顔をするなと笑って乱暴に髪を撫でた。それに抵抗する気も起きなくて、ただ、
「何が幸せだっていうんだい……」
と低く呟いた。
「いや、何だかな……まるで夫婦の様だと思ってな」
ええ?と漏らした声にグラハムは慈しむ様に笑んで、言い聞かせる様に続ける。
「君の介抱をしている今が、幸せだよ、カタギリ」
言いながら人の髪をぐしゃぐしゃにしていた手のひらは、いつの間にか移動していて、それはまるで体温を分け与えるかのように僕の背中の上でじっとしていた。
そのやけに殊勝な言葉は僕の反撃する機会を失わせるには十分だったにせよ、もたついた口調と甘くなった声に確実に彼が酔っていることを理解する。あんまり無防備に何もかもを放る、酔っぱらいはこういうところが面倒なのだ。
吐いている内にやけに冷静になってきた僕に対して、まだまだ酒が残っている様子のグラハムはいつもよりほんの少し饒舌で、いつもより少しだけ素直だった。
「……カタギリ、見ろ、美しい月だな!」
唐突に振られた話題に、のろのろと思い頭を持ち上げる。
「……まあトイレの床からの月だけどね」
「言うなカタギリ、トイレからとて同じ空が繋がっているのだから、どこから見たって同じ月だ。……ふむ、今いささか深いことを言ったな……」
「…………そうだねえ……」
なんだか今日のグラハムといると、ぐったりと体の力が抜けていく様な気がする。
はあ、と思わずこぼれた息の音に、グラハムが、落ち着いたか?とうれしそうな声音で顔をのぞき込んでくる。
それに口元だけを無理矢理持ち上げたひきつった表情を浮かべてみせれば、(それが笑顔と呼べる代物かは自信がないが、)彼は僕の歪んだ笑顔を見て、そうか!と耳元で叫んでからごしごしと白いタオルで人の口元をぬぐう。それから、足に力が入らずに、立ち上がりかけてすぐに床につぶれた僕を乱雑に持ち上げてふらついた体を抱き止めた

お互いの体から発せられる酷いにおいと張り付く髪に顔をしかめる。腰を抱く手を一度だけ指先で撫でて、腕の中から逃げ出すと白いシンクに手をついて息を吐く。
落ちてくる髪はそのまま濡らしながら冷たい水で口を濯いで、火照った顔を洗う。血液が集まってしまった赤い頬に、冷えた水が心地よい。
タオルに手を伸ばしながら顔を上げる。目の前の丸い鏡の表面には、やつれた表情の男の訝しげな視線をまとめて受ける、酒でうっすらと赤くなった彫刻の様な上半身を晒す背中がうつっていた。

ゆっくり、本当にゆっくりと振り返れば、ちょうどスラックスを放り投げた瞬間のグラハムと目があってしまった。
振り返った時の倍の速度で何事もなかった様にシンクに向き直ってタオルに手を伸ばす。わずかに洗剤の花の様な香りの残るそれに顔を押しつければ、途端に背中に強い衝撃を受ける。それは倒れ込むような勢いで抱きついてきたグラハムで、そのせいでがくんと頭が揺れた僕はもう一度吐き気と頭痛が強くなる。思わず情けない声で名前を呼べば、相変わらずの甘ったるい口調でグラハムは歌うように声を返した。
「あのねぇ……さっきまで吐いてた人間にはもう少し優しくしてくれても……いいんじゃないかい」
「ん?」
ほとんど裸で後ろから抱きしめながら、グラハムはあごを軽く僕の肩に乗せていた。目線は鏡越しに合わせながら器用に人のシャツのボタンをはずしていく手を押さえて、左肩のグラハムを目をほそめて見つめる。
「……困るよ」
「何がだ?結局シャワーを浴びなければ起きて不快な思いをするのは君だろう」
「だから一人でゆっくりさせてく」
「それに一人だときっと君は風呂場で寝るぞ」
言いながらグラハムはボタンを外すのを再開した。それを押さえつけていたはずの手はいつの間にか諦めて体の横でだらりと下に落ちていた。それでもなんとなく鏡を直視できずに、グラハムの手も見えないように視線を斜め下に向ける。

ボタンを外しきった手がシャツの中に侵入しようとするは押さえつけて自分でシャツを落とす。少し距離をとってからゆるめていたベルトを引き抜きながら、下着までを放り投げるグラハムを見ていると急に疲れた気がして、力なくつぶやいた。
「……僕はシャワーを浴びたらすぐに寝るよ」
「了解した!」
大声が部屋に響いて脳を揺さぶるのに口をゆがめる僕に何かおかまいなしなうえ、ざあ、とカーテンも閉めずにシャワーを恐ろしい勢いで出し続けるグラハムをみて、ぼくは黙ってシャワーカーテンを引くと、自分が濡れるのもカーテンがずぶぬれになるのもかまわずにシャワーを浴びるグラハムに抱きつくように白いカーテンを巻き付ける。すぐに取れたりしないようにカーテンの端についたフックで止めてから離れてみれば、何が起こったかわからないままに笑うグラハムはまるでうごめく巨大な春巻の様で、僕はなんだかやけに楽しくなって、グラハムの声に合わせるようにひとしきり笑うと、笑った顔のまま残った息を吐き出して、叫ぶ春巻に抱きついてから、軽く謝罪のことばをつぶやきながら濡れて張り付いたカーテンのホックを外す。すると、半分はわかっていたことだけれど勢いよくカーテンを引いたグラハムは降参するように軽く両手を上げた僕に悪戯っぽく笑いかけると、びしょびしょの腕で思い切り抱きしめた。
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