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無駄に長いです
ちゃんとページにしたかったけど時間切れです


…………………………


「ところでカタギリ」
「なんだい」
「……私達は恋人同士と言う間柄になって一か月もたった言うのに」
「……またその話かい!」
「キスの一つもしていないというのは中々納得がいかん!」
グラハムは腕を組みながらもはやビリー・カタギリの私室と化した小さな研究室の中心で叫んだ。その声をふり払うかの様に耳元で軽く手を振ってみせたカタギリは、モニターの青い光を頬に写したまま眉を寄せた。
「そんなこと職場でするような話じゃないよ」
「ならばどこでしろと言う?自宅に押しかけてこんな話をする方がきっと君の逃げ場はなくなると思うが」
「…………」
言葉が続かなくなるかわりに、タイピングのリズムが速くなる。はあ、とあからさまにため息を零してみせると、グラハムは諭すようにカタギリの名を呼んだ。
「カタギリ」
「……なんだい」
「……私とて人の子だ、いくら君に絶対的な信用と尊敬と愛情を捧げていたとしても、不安になる日が無いわけではない」
先程とは対照的に、珍しく一瞬キーボードの上で指を迷わせたカタギリの白衣からのぞく腕を見つめながら、グラハムはカタギリにも聞き慣れない程の静かな声で言う。

内心にはカタギリだって同じ思いであるだろう事を確信していた。そうでもなければ、こんな鋭く尖った身勝手な言葉など、カタギリ相手に言える訳がなかった。卑怯だとどこかで思いながら、グラハムはカタギリの答えを待った。
その言葉に一瞬唇を噛んでから、今やその手をキーボードの上から切り揃えられた横髮を握り締める様にして、カタギリは長く息を吐き出した。
「……僕だって、心苦しいに決まっているじゃないか……。君は、……君の、その感情は嬉しいに決まってるのに、余計な意地とかそんなのが邪魔してるんだよ……」
指先と耳が同じ様に赤くなったまま言うカタギリの羞恥の印に、グラハムは一瞬目を細めた。しかしすぐに目を伏せそれを隠して言う。
「……ならば、」
「あと十二時間!十二時間たったら、どうにか、決心を決めておく、から」
カタギリの悲鳴のような叫ぶ声に言葉を遮られたグラハムは一瞬目を見開くと、すぐにぱっと華やいだ笑顔を浮かべた。
「言ったな!十二時間か……待ち遠しいな!」
「……せいぜい期待せずに待っているといいよ」
カタギリの声には、言うのではなかった、という色があからさまに浮かんでいた。
低く囁かれた言葉にグラハムは小さく笑うと、にいと口角をつり上げる。
「君からすれば過剰だと評価されかねん程に期待しつつこれから十二時間を過ごさせていただく!まったく!朝から良い出だしだ!」
輝くような笑顔で、また十二時間後に!そう言い残してグラハムが消えるまでそちらを見ないままに手を耳の近くでひらひらと振りつづけて追い出したカタギリは、背後のドアがきっちりとスライドして閉まりきったのにちらりと目をやってから、盛大なため息と共に赤くなった顔を隠す様に両手に埋めた。



もう時計を見たくない。
すっかり日も暮れてしまい、自分が咄嗟に口走ってしまった時間が近付いて来ているのを、カタギリは腹から沸き上がるやけに冷えた緊張と一種のおかしな高揚から感じ取っていた。
この高揚はどこから来るのかなんて言われなくとも分かっていた。彼と触れ合うことが嫌な訳はなく、差し延べられた手を、背中に回される腕を、いつも嬉しく、熱く、どこかくすぐったく感じていた。今日グラハムが自分のわがままだからという風でああ言ったのは、いつまでたっても一歩を踏み出せない臆病な自分のためであるだろうことは明らかだった。
たまに彼は狡いくらいの優しさを発揮する。それが無意識だろうとも。
自分がこんなに彼の事を考えていて、その上自分の好意を再確認することによって思わず頭を抱えたくなっていることなんかグラハムは知る訳もなく、何故かそれが急に腹立たしくなる。深く息を吸い込んで肺を目一杯に膨らませてから吐き出して落ち着けようとする。
無意識に髪をくしゃくしゃと握り締めながら、その割にはカタギリはどこかやけに冷静に、今のうちに歯でも磨いておいた方がいいだろうかという思いを浮かべていた。

グラハムがしっかりと軍服から着替えた後足音高くカタギリの研究室を訪れたとき、カタギリはドアの開閉音で振り返ると、どこか諦めた様に弱々しく微笑んだ。それに相変わらず満面の笑みで応えたグラハムは、ドアの開閉パネルに指を乗せると緑色のライトをロックがかかった事をしめす赤色に変えた。それに対して、ぐ、と一瞬出そうになった動揺を押し込めカタギリは言った。
「僕には着替える暇も貰えないのかい?」
「メールは入れた、読まない君が悪い」
悪びれもせずに言いのけるグラハムに、カタギリは黙ったまま椅子を回転させて向き直る。

笑顔を浮かべ大きく両手を広げたまま歩み寄ってくると倒れ込むように抱き付いてきた大きな子供を同じ様に手を広げて受け止めて、慣れた手つきで髪に指を梳き入れる。二人分の体重に、ぎい、と自分お気に入りの椅子が音をたてるのにもお構いなしなグラハムに、カタギリはやはりどこか気恥ずかしい思いで顔を笑みに歪めた。

「……カタギリ、いいか?」
「だめだって言ったってどうせ君はするくせに!それに随分気合いの入った言い方じゃないか、一体僕は何されるんだい?」
耳元で小さく息を吸い込む音、それに続いた潜められた声にカタギリは一気に捲し立てた。そんな饒舌な返事など想像もしていなかったグラハムは、カタギリの頬に金髪を寄せたまま僅かに目を見開いたあと、自らの額を、ほんの少しまだ耳の赤さの残るカタギリに押しつけながら口角をつり上げた。
「言うじゃないか」
「いつも通りのことじゃないか」
まさしく眼前にある緑の瞳が細められたのを見て、カタギリは自然に目を閉じる。目を閉じてしまってからの方が、相手の気配一つにも過剰になった様に思えた。指が鼻先をかすめて眼鏡を奪っていく。短く吐き出された息が頬にかかったとカタギリが感じて思わず軽く被せた瞼を強く閉じてしまってからすぐに、グラハムは自らの唇をカタギリのものに寄せた。


(軽く押しつけた唇は、自分のものよりも柔らかい様に感じた。それだけですぐに下を向いて避けようとする年上の男の唇を下から逃さない様に奪う。噛み付く様に口付けて、うっすらと開いた唇の間に舌を差し入れ歯列をなぞる。背中に回されたままだった手がスーツを握り締めて皺を作ってしまうだけで、簡単に侵入を許してしまった口内で上顎を舌で撫でられ鼻にかかった息を漏らしたのを聞くだけで、どうにかなってしまいそうだった。おずおずと差し出されたカタギリの舌をなぞりその舌に絡み付いた時に僅かに香ったミントのフレーバーに、思わず顔がにやけてしまう。わざわざ歯磨きを?そう思っただけでどうしようもなく愛しくて、一瞬の息継ぎのあとより深く口付ける。無粋な椅子の音など聞こえなかった、ただカタギリの息の音、耳につくような粘膜がたてる音、そしてたまに混じる衣擦れの音、それだけが聞こえていた。
どちらのかももうわからない混じり合った唾液を飲み込む。ミントの香りがしたような気がした。
片手でカタギリの顎を持ち上げる様にしながら、おもむろにカタギリの喉に空いた親指を押しつける。自分のも確実に混じっているだろう唾液をカタギリが嚥下したのが、親指の下の喉の動きでわかる。小鳥の骨の様な喉仏に指を押しつけながらカタギリが自分の唾液を飲み込んだのを実感すると、それだけでどこか満ち足りた思いだった)

「げほっ、……う……」
「っ、すまない……」

グラハムの思考を戻したのは、苦しそうな音の咳だった。なおも咳き込みながらも、大丈夫かと問うグラハムに対してカタギリは口に手を当てたまま頷いて見せた。
咳が止まっても肩で息をしているカタギリの背をゆっくりと撫でる。相手の顎を肩にのせたままグラハムは小さくもう一度呟いた。
「大丈夫か」
「あのねぇ……こっちはおじさんなんだから手加減……。いや、うん……。あんまり、喉を押すのはやめて欲しいな……痛いのは君も分かるだろう」
「……すまない、嬉しくてつい」
「それは分かったけどさ……」

ぎいぎいと椅子を鳴らしながらグラハムは片足だけを床に残してカタギリに抱き付いていた。そんなグラハムの背を、カタギリは子供を寝かしつけるかの様なリズムで撫で続ける。

「大した事は無かったろう?」
「まあ、付き合いはじめてから、こんなに時間かけてしまうことは無かったことは確かだね」
「カタギリ」

改めて名前を呼んだグラハムにカタギリが正面から向き直ると、まっすぐ目を見たままグラハムはいたずらっぽく目を輝かせた。
「次は君からだろう」
「え?」
「君からもしてもらわないと意味が無い」
輝く笑顔でねだるのに、カタギリは思わず赤色を増した唇を軽く噛む。
「カタギリ」
「わかったわかった、するから」
そんな返事でもグラハムは大仰に頷いて、少しだけ頭を引いて距離を作る。目の前のカタギリの、赤い顔でぎゅっと眉を寄せた表情を、眼鏡が無いとどこか幼く見えるものだとどこか感心した思いで見つめていた。

覚悟を決めた様にカタギリはグラハムのスーツの肩をきつく掴んだ。
「……動かないでくれよ」
「動くわけないだろう」
「目を閉じてよ!」
「わかったわかった!!」

目を閉じ大人しくしているだけで、肩に余計に指が食い込む。寄ってきた気配が震えた息を頬へはきかけたのに、思わずグラハムは小さく吹き出した。
「……わらうなよ!」
「っすまない!」
目を閉じたまま謝ったものの、まだ笑うままのグラハムをカタギリはじとりとした目付きで睨む。それからもう一度、動くなと呟くと、ゆっくりと首を伸ばしぎゅうと強く目を閉じてから唇を重ねた。

重ねるだけ、他に何をするでもなく唇を押しつけたままでいる。カタギリからすれば精一杯だろうとグラハムはそれを大人しく受けいれていたが、結局は我慢比べの様なそれに根負けすると押しつけられた唇を食む。思わず目を開いたカタギリに笑いかけてから、その顔を両手で挟むと音をたてて額に頬にまぶたの上にキスを落とすと、ポニーテールに片手を添えて思い切り抱き締めた。
「……失敗したな」
「…………何がだい」
「もっとロマンチックな場所ですればよかった!」
「……君、我慢が足りないからそんな後悔する事になるんだよ」
「これが我慢弱さの弊害か」
「……また今度、ね」
言いながらかき混ぜる様に後頭部を撫でるカタギリに、グラハムは目を細めてひたすら直線の指通りの良い髪を撫で返す。
「また今度、か?」
「残念ながら今日はなんだか能率が悪くてね。僕は残るよ」
「いつ終わるんだ?」
「え?」
「いつ終わる?」
グラハムは言いながら、カタギリの落ち着かなく瞬きをした目を覗き込む。
「あー……日付が変わる前くらいには」
「よし、ならば私は先に帰っているから君はあまり間食し過ぎない様にしてまっすぐ帰宅したまえ」
「……というと」
「君の家で私が君を待っているということだ!」
「やっぱりそういうことかい!あのね、第一君の言うロマンチックって……」
カタギリの話が長くなる前に、グラハムはそれを遮る様に口付ける。咄嗟に逃げようとするカタギリの頭をがっちりと押さえ角度を変えて何度も深く口付けていると、ふいに長い指が頬を思い切り抓った。
「つっ、」
「……フェアじゃないね」
痛んだ頬を押さえて距離を取ったグラハムに、カタギリがふんと鼻を鳴らした。
「……それでも私はこんな日に、冷たいシーツにくるまって眠るのはごめんだ」
君は平気なのか、言外に問われている様な気がして、カタギリはやはり無意識なグラハムの卑怯さ、そう呼んでしまうにはあんまりに愛しすぎると思いながらもその卑怯さに降参せざるを得なかった。

「……わかった、だけど君を夜更かしさせたくはないんだ」
「………」
「だから、あと二十分くれるかい?端末にデータを移して、着替えてくるから」
「始めからそう言えばよかったんだ!まったく君は変なところで強情だなあ!」

愛しいきみよ!いつもの言い草に輪をかけた様に芝居がかって叫ぶグラハムに、カタギリは言い返そうという気力を失って、かわりに椅子の上でずるりとだらしない姿勢を取ると、あいしているよ、言いながら目の前にグラハムがうやうやしく差し出した銀縁のフレームを受け取った。
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おそろいの食器を買った。
白い皿を何枚かと、色違いのマグカップを一つずつ、どういう訳かそれぞれ二セット。
選んで(ほとんど僕は彼におまかせだったのだけれど)から本屋に行ってくるからあとで落ち合おうと言い残して返事も聞かずに飛び出してから、本を抱えて向かったコーヒーショップの前で足を組みながら甘いバニラの香りのコーヒーを啜るグラハムは、なぜか先ほど見た時よりも大きな荷物を抱えていたのだ。
「何か買い足したのかい?」
「ああ、同じものをもう一揃い」
「もうひとそろい?」
「食器もマグも全部一つずつ買い足した」

嬉しそうにそう言う彼に僕は頭をひねるしかない。どうして?思わず零してしまった疑問符を拾うと、グラハムは味見してみろと人にコーヒーを押しつけながら言った。
「せっかく揃いで買ったのに一人で使っていてはつまらないではないか」
だからお互いの部屋に置いておけばいい、そうすればお互いの部屋で揃いで使えるじゃないか!グラハムはそんなことを言って笑った。渡されたコーヒーを啜ってから、思わず僕はぽつりと呟いた。
「お揃いってそんなに大事かい?」
ほとんどバニラの香りしかしないコーヒーをグラハムに返せば、渡されたそばから彼はそれを飲みきってから声をかえす。
「君は嫌か?」
「別にちっともそんなことはないけどさ……もうそしたらいっそのこと、……」
「……いっそのこと、なんだ?」
「……いや、なんでもない」


いっそのこと、の後、僕はなんと続けるつもりだったのだろう?
歯切れの悪い僕の言葉にグラハムが一瞬だけ僅かに眉を寄せて何かを言い淀んでいるのを、僕は確かに見た。お互いが何か、この際はぐらかすことも無いだろう同じ事を考えていて、同じ様に言い出せない。こんなにどうしようもない大人になっておいて、何を怖がることがあるのだろう?
それでもグラハムはすぐにそんなもやもやとした表情を消してみせて、今日の夕食のメニューを語り出した。はやく食器達を使いたくてしょうがない、そう笑う君も、僕と比べたらほんの少しだけだけど、きっと、ずるい。
しかしすぐにそんな風な思いをグラハムに抱いた自分が嫌になる。いつも彼に甘えてばかりの自分にほとほと嫌気がさす。こうなるとうまく自分の表情をコントロール出来なくなるのは重々承知で、前を見たまま歩き出した彼に一歩だけ近付いてから、名前を呼んだ。

「グラハム」
すぐにぱっと振り返った彼は、予想よりも遠くに立ち尽くしていた僕に一瞬だけ意外そうな顔をした。どうした?そう問う声に、僕は彼の目を見たまま半分歪んだ表情で告げた。

「……好きだよ」
「今さら、だな」
そんなことを言いながら、グラハムは僕に手を伸ばす。その手が腕に触れ頬をかすめてから手のひらを搦め取るに任せて、僕は静かに握り締める優しい彼の熱にそれを返す様に力を込める。
いつか、いつか必ず言おう。グラハムより先に言ってたまには悔しがらせてやろう。そう誓いながら、僕は足された一セットが使われなくなるはずの日を、握られた手から想像していた。
はむたんも出来上がってないのですがどうしてもいちゃいちゃしてるのが書きたかったんです……まさにいつも通りにやまなしおちなしいみなし……!!




じっとグラハムがこちらを見つめてくる。はじめは一瞬目があっただけだろうと思っていたけれど、間違いない。解析で機体を取り上げられてしまったグラハムは、無言で作業を進める僕の背中に視線を突き刺してきていた。ゆっくりと首を回してこっそりと背後の彼に目をやる。すぐに画面に向き直るつもりだったのに、うっかり目があった瞬間に彼は無言の圧力をかけ僕が視線を外すのを許さなかった。仕方なく椅子を回転させて彼に向き合う。手持ちぶさたでコーヒーのマグに手を伸ばして見たけれど、コーヒーの茶色の線をこびりつかせた白いマグはいつのまにか空になっていた。
「……ね、そんな顔しないでくれよ。すぐに飛ばしてあげたいから、そうは見えないかもしれないけれど僕だって必死にやってるんだよ」
室内にしつらえられたコーヒーサーバーに向かうために椅子を僅かに鳴らして立ち上がる。グラハムが陣取るソファの近くをぺたぺたとサンダルを鳴らして通り過ぎようとすれば、カタギリ、小さく名前を呼ぶのが聞こえてぼんやり振り返る。いつの間にか僕の真後ろに立っていたグラハムは、相変わらずの気難しげな表情で、まるで頭突きをする様に体を伸ばし頭を近付けてきた。頭突きされる程叱られる様なことをしてしまっていただろうか、何が彼をそんなに怒らせてしまったのかはわからなかったが、悪いけれど痛いのは嫌だ。本能的に目を閉じて体を引いてしまう。
すると与えられたのは顔面に硬い彼の丸い額がぶつけられる感覚ではなく、唇に、いつも押しつけられる度舌を差し込まれる度にあまりの柔らかさに目を丸くしてしまう、グラハムの唇だった。押しつけられたのに今度は二重の意味で僅かに目を見開いてみれば、グラハムは口元には笑みを浮かべているくせにまだ不機嫌を装った表情で低く言った。
「……なぜ、逃げた」
「……だって、君に頭突きされるかと思ったから」
グラハムはその答えに今度は本当に若干不機嫌な顔をした様だった。今の言葉は事実だけど、半分は照れ隠しであってだんだん火照ってきた顔に気付いて欲しくないだけだ。知ってか知らずかグラハムはそれから黙ったまま、深い湖の様な緑の瞳を僕の目からじっと逸らさないままもう一度首を伸ばして僕の唇を軽く食むと、くるりとこちらに背を向けた。
無言で出て行く彼の背中を見ながら、口元がゆるゆるとほころんでしまって仕方が無い。かわいいなあ、決して彼の前では言えないけれど、そう思う。無意識のうちの自らの口を押さえる様に左手を持っていけば、自分の濡れた唇に気付く。この粘膜はグラハムのものだった、そう気付くことは、それだけで僕にひどく照れくさく、満たされた様な感覚をもたらしたのだった。
ねむいとねてたりするはなしばかりになり誤字も増えますがねむいです……あとで一日以内には日記といただきものとおそすぎる拍手おへんじのせにきます取りあえずねむい……



最近、夜中に突然目を覚ますことが多くなった。
それはただ年をとって寝付きが悪くなっただけかもしれないが、それだけでは無いという予感は、ひしひしと感じていた。深夜というよりも明け方近くの暗闇のなか、僕は一人喉にぬるい水を流し込んでキッチンで真っ直ぐつっ立っている、つもりなのにいつの間にか立っているだけで天地の方向も分からなくなる。耳鳴りがしているのかいないのかも理解出来ないほどの絶対の孤独と静寂の中にいながら、僕は思わずその場にじっとしゃがみ込んで、遠い宇宙の果てに思いを馳せる。
自分以外に目覚めている人間はいないんじゃないかと思い込みそうなほど静かな夜は、もうそれだけで宇宙と繋がるきっかけを持っていた様に思う。触れられそうで、それと同時に掠めることも出来ないと予感させる遠い光、恐ろしくなるほどの無からくる、広大な穴の様な黒。
こどもの頃からそこで一人放り出されたライカのことを想像しては、ひとりぼっちのライカを頭の中で抱き締めてやるイメージを浮かべて涙を堪えていた。彼女の見た地球がせめて美しくあってくれ、そう思えば、夜の寂しい程の静寂はほんの少しだけ、怖いと感じはしなくなったのだ。
しかし今、僕が思いを馳せるのは、哀れっぽい黒い目をしたライカのことでは無く、二度も一人ぼっちで宇宙に放り出された、僕の大好きな翡翠の瞳を持ったグラハムのことだった。
命をのせた機体もその体も意志すらも叩き壊された彼が、揺らめくことも、何かを囁く様に瞬く事もなく真っ直ぐに光を無言で突き刺してくる星々の中で何を思ったのかを、僕は知らない。ただ小さな自らに問う様につぶやかれた言葉を発してからは無言を貫くフライトレコーダーは何を伝えてもこなかったから、僕は自らの呼吸音だけが頼りの寒々とした宇宙の中、散らばる装甲の破片に囲まれた孤独の彼に地上で寄り添うことすら出来なかったのだ。せめて彼に思いを馳せることだけでも出来たら良かったのに、と何度思ったのだろう。僕がいくらそう願ったって彼も僕も、どうしようもなくひとりだった。

しかし彼のいた場所からはきっと、青く光を放つ地球が見えたことだろう。息が苦しくなるほどの青、君が焦がれたあの青だ。きっとそれこそが、グラハムをこの世界につなぎ止めたのだろう。生まれた時から彼が愛したものが、彼を僕のいる地上につなぎ止めたのだろう。彼が信じたものは、決して彼を裏切ろうとは、手放そうとはしなかった。
そう考えたとき、何故だか涙が止まらなかった。世界が彼に対して何より優しかった、その事だけで、救われる気がした。

大概そこまで思い起こした時点でいつの間にか僕をしゃがみ込ませた頭痛や目まいは消え去っていて、やけにしんとしたキッチンで僕はそろそろと体を起こす。ひとりぼっちの部屋は暗い水の中の様だ、その中を泳げもせずに、僕は水中でただ沈んでいる。
きっとこの水の底にはグラハムがいるのだろう。同じ様にしゃがみ込んでいたり、あるいはただ金の髪を色が濃いばかりの暗い水の中でくゆらせて、立ち尽くしているのかもしれない。僕に、その泳ぐ髪に触れる権利はあるのだろうか?


(そんなもの、無いのかもしれない)
それでも僕は、水中で声はただの泡になってしまうとしても、グラハムの名前を呼ばなくてはいけないと思ったのだ。それに彼が気付いてくれるかなんてわからないけれど。一緒に水の底からはい上がって、びしょびしょに濡れたままで水面から見上げる月は、きっとうつくしいだろう。

誰にも知られたくはない感傷を抱き続けながら、結局ベッドに戻る気にもなれなくてまたも立ち尽くす。白さを増した空は、もうすぐ明るく光り出すだろう。目覚め始めた鳥達の声を聞きながら、ぼんやりと明るくなっていく空を見つめる。ここは宇宙ではなくて、覆う空の下僕たちはふたりともしっかりと地面に足をつけている。それで十分ではないか。
朝の光を浴びてからようやく憂鬱が溶け眠気を思い出した体はやけに重い。気まぐれにしては毎朝律儀に部屋にやってくるグラハムが来るまで、あと少しだけ眠ろう。
重い足を引きずって行くにはベッドまでの距離があんまり遠くて、途中で行き先をソファに変更してのたのたとそれに近付いてから倒れこむ。
(……おやすみ)
どこかに彼の体温を残しているような気がして、グラハムがいつも陣取る右側の肘置きに額を擦らせてから、ソファの左端から足をはみ出させたまま深く吸い込んだ息を長く吐き出した。
瞬間に、遠くでチャイムの音がしたけれど僕は顔をソファの隙間につっこんだまま微動だにしなかった。いつもよりも恐ろしくはやいこの時間に僕が起きている事なんてないことを知っているグラハムなら、勝手にドアを開けて来るだろう。がちゃん、と扉が押された音を左耳で聞いてしまって、思わず小さく吹き出した。宇宙まで飛んでいく僕の感傷を余所に、グラハムはいつだってその距離を潰してしまう。壊してくれる。たまにそれが疎ましくて、そしてそれはいつでも羨ましく、嫉妬した気分の僕は飽きれたグラハムが何を言っても意に介さない事に決めて、ソファの上でおかしな格好のまま強く目を閉じた。
気付けば半月ぶりでしたごめんなさい……



僕に覆いかぶさって剥がれないグラハムを腹にのせたまま、読書をするふりで彼のうずまくつむじを見つめる。右巻きである。
彼は片方の耳を僕の肋骨のすぐ下ほどの柔らかい腹に押し付けて、時々僕の表情を伺ってくる。つむじばかりを見つめる僕と目が合えば、グラハムは照れた様に笑って、すぐにまた耳を僕の腹に押し付けるだけに戻ってしまう。その照れた笑顔を心の中に思い描きながら、彼の年齢を思い出しかけて止める。いくつになってもグラハムがグラハムでいてくれればそれでいいのだから。彼の熱がこんなにたくさん、こんなに近くに感じるのは今思い返せば久し振りのことで、僕は以前の彼の熱の記憶をうまく思い出す事が出来ずにいた。今すぐこの読んでもいない本を放り出して空いた腕で熱の塊みたいな体を抱き締めたかったのに、右手も左手もハードカバーから離れようとしない。それに一瞬眉を寄せれば、まるで僕の心を読み取ったかの様なタイミングで、グラハムはだらりと脱力させていた腕を僕の腹に巻き付けた。見えていないとは分かっていても顔が緩むのは仕方がないことだろう。そうなってしまえばもう本を放り出すのは簡単なことで、音も無くテーブルに紺色のハードカバーを投げ出すと、無言で甘えたがる彼の背中にそっと腕を回して、二三度その綺麗に流れる筋肉を服の上から撫
でてから、そっと腕に力を込めた。
その瞬間、僕の腹からはくうと間抜けな音が漏れ、顔を上げたグラハムは一瞬目を丸くしてからすぐに素直に満面の笑みを浮かべた。なんだかいたたまれなくなってふいと目線を逸らすけれど、自分の顔にみるみる血が上っていくのがわかる。目線を上げた先の時計はちょうど昼時をさしていて、ムードだとかをちっとも読む気もない僕の体は律儀に空腹を訴えてきたのだった。
「……聞こえた?」
「ああ、ばっちり聞こえたな」
食事にしよう、とさっきまで剥れようともしなかったグラハムはあっけなく体を起こして、僕は腹の上から彼の熱がなくなったためかやけに寒気を感じた。それと同時にどうしようもなく自分が腹立たしくてたまらなくて、なんとも情けない気分でグラハムのキッチンへと遠ざかる背中と、やり場のなくなった左手をじっと見つめるばかりだった。
「カタギリ」
キッチンに向かったと思ったグラハムの声がふいにすぐ近くに聞こえて、慌てて平たい自分の手のひらから目を上げる。
瞬間、グラハムは唇を押し付けるだけのキスをすると、僕の目の前でニヤリと口元を歪めた。仕返ししようと伸ばされた僕の手を逆に捕まえるともう一度笑顔のまま口付けてきて、つられる様に僕も口角を上げてしまう。
「ね、お腹すいたよ」
「ああ、そうだった」
最後に前髪の上からわざとらしく音をたててキスを落とすと、もう一度キッチンへと向かう。今度はその背中を眺めるわけではなく、料理の邪魔をするように手伝うべく慌てて立ち上がってそれを追いかけた。
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